東京高等裁判所 昭和35年(ラ)259号 決定 1960年5月31日
抗告人 星野五三郎
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告人は「原決定を取消す。本件収去命令の申請を却下する」との裁判を求め、抗告理由として別紙抗告理由書記載の通り主張した。
しかし原決定は、債務名義表示の建物についてその収去の命令をしたに止まるものであるから、たとえ右建物に抗告人主張のような増築部分があるからといつて、これを以て原決定を違法ならしめるものとは考えられない。また収去命令は、他人が替つてすることができる作為を目的とする債務の内容を、第一審受訴裁判所が債権者の申立により、民法第四一四条第二項、民事訴訟法第七三三条により債務者の費用を以つて第三者に為さしめるための、いわゆる授権命令に他ならないものであるから、第一審受訴裁判所が収去命令の申立について審理しなければならない事項も、一般の強制執行開始の要件の外には、債務名義に表示された債務が前記法条の規定するようなものであるかどうかに限られるものと解せられるから、仮に右建物について抗告人主張のような増築がせられ、右増築部分が永井よつの所有に属すること抗告人主張の通りとしても、右事由は、抗告人よりする建物収去命令に対する抗告理由とすることは許されないものと解すべきであり、また収去の債務名義表示の建物が第三者の占有にあるとしても、これまた収去命令自体を違法とするものではない。
従つて本件抗告理由は全部これを採用できないところであり、記録を精査しても、他に原決定を取消すべき瑕疵はこれを見出し難いので、主文の通り決定する。
(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)
抗告理由書
一、本件収去命令申請の基本である東京高等裁判所昭和二十八年(ネ)第二二二五号乃至同第二二二七号建物収去土地明渡請求控訴事件の判決において収去を命ぜられた建物は (イ) 東京都品川区北品川一丁目三十七番地所在
家屋番号同町二五三番の一
木造トタン葺三階建貸座敷 一棟
建坪 七拾七坪五合八勺
二階 八拾九坪三合三勺
三階 弐拾六坪五合
(ロ) 同所同番地所在
家屋番号同町二五三番の二
木造瓦葺二階家 土蔵 一棟
建坪 六坪
二階 六坪
実測 石造瓦葺二階建土蔵 一棟
建坪 一五坪
であるところ(イ)の建物にはこれに接着するがこれとは利用関係上独立する永井よつ所有の木造トタン葺二階建共同住宅一棟、建坪二七坪七五、弐階二七坪七五がある。
二、右永井の建物の建築経過は次のとおりである、即ち
(一) 前記(イ)(ロ)の建物は債務者が昭和二十六年七月十日谷古宇貢から買受けることの売買予約をし、次で同年十一月十日右予約に基く本契約をすると同時にその引渡しを受け更らにその頃品川区東品川三丁目四九番地吉村建設産業株式会社に右(イ)の改修工事並に(イ)の建物の一階及び二階に接着する約五十坪の増築工事を請負わせその建築資金として永井よつから金百五拾万円を借入れ吉村組に請負契約の内金として金四拾一万円を渡し吉村組は右工事中増築工事はほゞ完成したが改修工事については中途において他の取引関係につき紛争が生じたことから工事を中断したので、後に山本百太郎に請負わせて改修工事の続行中仮処分によつて中絶したが右増築工事は山本によつて仮処分前に完成した。
(二) 右増築は木造トタン葺二階建共同住宅で一階二階とも建坪は二十七坪七合五勺、この延坪合計五十五坪五合であつて(イ)の建物とは独立した便所と炒事場があり表入口は(イ)の建物の入口を共用し裏口も共用であるが共同住宅とする利用関係において(イ)の建物とは独立した建物である、なお前記判決に摘示の(イ)の建物の一、二階の延坪数は合計百六十六坪九合一勺のところ実測は二百二十四坪二合五勺であるからこの実測坪数より右増築一、二階の延坪数合計五十五坪五合を控除しても(イ)の建物の実測は百六十八坪七合五勺あつて右判決に摘示の百六十六坪九合一勺より一坪八合四勺を余す計算となるのでこの点も右増築が(イ)の建物より独立したものとして認められるべきである。
(三) また右増築が永井よつの所有となつた経過は次のとおりである、即ち
債務者が永井よつから(イ)の建物の増改築工事の資金を借受けたことは前述のとおりであるがこの貸借につき(イ)の建物を改修したときは入口向つて右とその他の居室並に(ロ)の建物を永井に賃貸すること、改修工事は昭和二十七年三月末日までに完成すること、万一期日までに完成しない場合は即時返金を請求されても異議がないことを特約し、なお当時永井は古物商を営んでいたのでその際(ロ)の建物の使用を許したのであるが改修工事は前記の如く吉村組が中絶し期日までに完成が不可能となつたので永井から貸金を請求され債務者はその返金ができなかつたので昭和二十七年三月二十五日に借入金の返済として永井に(ロ)の建物を賃貸し且つ前記増築の所有権を永井に譲渡したのである。
(四) 以上の事実関係であるから前記判決に基く執行として前記増築を(イ)の建物に含まるものとして、原決定が収去命令を出したことは違法であり、また、(ロ)の建物は永井が適法に占有しているのであるから、原決定がこれをそのまま収去すべきものとして収去命令を出したことは違法であるので、本抗告に及んだ。